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夜須礼の大流行

 投稿者:児島宮歴研会  投稿日:2007年 6月25日(月)20時38分55秒
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  「やすらい花や」と囃しながら踊り歩く、「夜須礼(やすらい)祭」
http://jparchives.sakura.ne.jp/document/medieval/db/hyakuren1154_04.html
花傘にお囃子、唄い踊るというこの奇祭
長保三年(1001)ご霊夢によって疫神は船岡山から
再び現在の当社地に奉遷され、新たに設けられた神殿三宇の天文学耶麻。
博多松囃子と甚句。

「やすらい祭(夜須礼)」は社伝によれば、陰暦3月桜
の花の散り始める頃に疫病が流行るということで、花の霊を鎮めるために行
われたのがはじまりとされている。

久寿元年(1154年)の四月に老若男女が夜須礼(やすらい)と称して、
風流傘など
の作り物をなし、笛や太鼓を奏でながら紫野社へ詣でたことが始まりと
されています。

参考
平安時代、桜の散り初める旧暦の三月頃から、猛威をふるい始める伝染病
の数々を、人々は桜の散り花に取り憑いた「疫神(えきしん)=悪霊」の祟
りであると考え、これを鎮め慰めるため鎮花祭(ちんかさい)=はなしずめ
のまつりをとり行いました。これがやすらいさんのおこりで、後白河法皇
によって編まれた梁塵秘抄口伝集(りゅうじんひしょうこうでんしゅう)に
も、そのいわれが書き残されています。
http://www.javara.net/kyoto/index.php?option=content&task=view&id=46&Itemid=2

鉦kaneや太鼓taikoを赤鬼や黒鬼が打ち鳴らしながら、 その囃子hayashiに合
わせて花笠の周りを踊ります。 その中に入れば、その年の厄祓いになると
伝えられています。
博多松囃子の起源はここからきている。

鎮花と夜須礼 芸文伝承における性―火打袋とくなどの神と 日本人の命名
の思想
永暦2(1161)年, 「都百景」から三十三間堂(佛教大学) 後白河法皇が法住寺
殿を作り御所とした。
先帝祭 せんていさい 後白河法皇
安良居祭 やすらゐまつり 安良居(やすらゐ)、安良居花、夜須礼(やすらゐ)

今も白小袖に緋縮緬
の打掛をまとい、赤熊をつけて太鼓や鉦を打ち鳴らしながら踊る。
 
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