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古典から学ぼう

 投稿者:児島宮歴研会  投稿日:2007年 6月25日(月)20時24分22秒
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  神世七代(かみのよななよ)とは、日本神話で、天地開闢のとき生成した七代
の神の総称。

神世七代形式
天神七代 (あまつかみななよ) 別天神(ことあまつかみ)の後に登場する
神々。
天神七代の神々は宇宙創成の各段階を現す象徴的な世代。

天神七代地神五代ちはやぶる七代五代の神世より わがあし原にあとをたれにき
(新後撰和歌集 )
△天神地祇
天雲アマグモの むかふす国の ものゝふと いはれし人は 中略 おも父に
妻に子ども
に 語らひて たちにしひより たらちねの 母の命ミコトは 中略 たいらけく
 まさき
くませと 天地の 神祇カミにこひのみ いかならん 歳月日にか つゝじ花に
 にほへる君が ひくあみの なづさひ来んと 立ちてゐて 待ちけん人は
中略 いかさまに
おもほしませか うつせみの をしきこの世を 露霜の 置きていにけん
時ならずして(萬葉集 三挽歌)

あきつしま 倭の国は 神カムがらと 言コトあげせぬ国 しかれども われ
は事あげす
天地の 神もはなはだ わがおもふ 心知らずや 中略 まそ鏡 まさめ
に君を あひ見てばこそ わが恋やまめ
菅根スガノネの ねもころごろに わがもへる 妹イモによりてば 中略 天地
の 神祇カミを
ぞわが祈ノむ いたもすべなみ(同 十三相聞)

葦原の みづほの国を あまくだり しらしめしける すめろぎの 神の
みことの 御
代かさね 中略 鶏が鳴く 東国アヅマノクニの みちのくの 小田ヲダなる山
に 金クガネあ
りと まうしたまへし 御心を あきらめたまひ 天地の 神あひうづな
ひ 皇御祖スメ
ロギの 御霊ミタマたすけて 遠き代に かゝりしときを わが御世に あら
はしてあれば
御食国ヲスクニは さかえむものと かむながら おもほしめして 中略(同
十八)

造化の三神
 天と地が出来との宇宙活動と共に大自然と言う三つの神様が御発生(お
でき)になったのです。

 第一番の神として 天津中主命(あめのみなかぬしのみこと)

 第二番の神は   高皇産靈命(たかみむすびのみこと)

 第三番の神は   神皇産靈命(かすみむすびのみこと)

別天神(ことあまつかみ)
其の中にも葦(あし)の芽が萌える陽に御発生になった二柱の神様がある。
宇麻志葦芽彦舅命(うましあしかびひこじのみこと)と天常立神(あめのと
こたちのかみ)である。

 此の二柱の神も父もなく母もなく自然が化合したり反應して出来た現象で
何が化合したか何が固まったかわからないが造化の三神と共に別天神と申し
ます。

天神七代(てんじんななだい)
泥土煮命(うひじにのみこと)・砂土煮命(すなじにのみこと)

 角杙命(つぬぐいのみこと)・活杙命(いくぐいのみこと)

 大仁道命(おほとのじのみこと)・大苫邊命(おとまべのみこと)

 面足命(おもたるのみこと)・惶根命(かしこねのみこと)

 伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冉命(いざたのみのみこと)
の五組です。

日本国天神七代・地神五代

越天楽と(黒田節)?
『天神七代』とは、国常立神から伊邪那美神まで、
『地神五代』とは、天照皇大神からウガヤフキアエズノ神まで、、そして
『人皇三代』
戦国時代末期、伝説的な帝王を三人または五人にまとめる考えが出てきた
のが三皇五帝の始まりだが、その古い形を残しているのが天皇・地皇・人
皇の三皇説である。

人皇(じんこう)
 地皇氏に続いたのが人皇氏で、九人が王位についた。
 彼らは雲車に乗り、太陽に住む六羽の鳥に車を牽かせて谷口(今の陜西
省にある地名)から出てきたという。
 兄弟九人が中国全土を九つの州に分け、それぞれの長となり、それぞれ
が都の城邑をたてた。
 人皇氏の治世はおよそ百五十世、在位はあわせて四万五千六百年続いた。
 ちなみに、人皇は「泰皇」とも呼ばれる。
天皇・地皇・人皇の三皇説は、天地人三才に象る説をそのまま三皇に応用
したもの
泰皇とは、人皇の別名である。
三皇は一般的に,天皇・地皇・人皇(秦皇)です

その根源は何から?
三皇-1(天皇、地皇、人皇) 『天皇』(てんこう) 『史記』三皇本紀. 天地
初立、有天皇氏、十二头。 ... 人皇(泰皇とも言う)、頭が九個、雲車に乗
り、太陽に住む六羽の鳥に車を牽かせ、谷口(陜西省の地名)から出てきた
という。

神武天皇(ジンムテンノウ)
彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ヒコナギサタケウカヤフキアエズノミコト)の
第四子也。母は玉依姫(タマヨリヒメ)。帝生まれて聡明・闊達也。平山
大神也。
元年辛酉春正月庚辰朔,橿原宮(カシハラノミヤ)に於いて天璽鏡剣の皇
祖神宝を奉り位に即く。此の年 我が大日本帝国紀元第1年と為す。帝日向
より舟師(フナイクサ)(水軍)を率いて東征し筑紫の菟狭(ウサ) (
今の豊前)に至る。菟狭津彦(ウサツヒコ)(菟狭(ウサ)の国造りの祖
)宮を造り帝を饗応奉る。遂に安藝に至り,埃宮(エノミヤ)に居す。
 
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