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高床式住居と起源

 投稿者:児島宮歴研会  投稿日:2007年 6月 3日(日)17時33分11秒
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  高床式住居に住むというのが稲作文化の伝わった夜須地方に共通の住文化である。
竪穴式住居は倭人の住いであった。についてはインドのアッサム、雲南省がルーツ
であることはほぼ定説になっている

雲南省における高床式住居と日本の住居は共通の住文化である。
わが国の高床式住居の源流は雲南地域にあり稲作とともに長い年月を経て伝播し
てきたという

中国・長江下流域、淅江省寧波市近郊の農村にある河姆渡遺跡は、約7千年前の遺跡
で1977年の調査によって高床建築を示す柱、炭化した米が出土した。
河姆渡遺跡の炭化米は栽培の痕跡が残っていた。そのことから、稲作文明は、雲南・アッサム地方ではなく長江流域が起源

河姆渡には、その遺物から鳥への信仰の形跡がみられる。
春秋時代諸侯には、斉の桓公、秦の穆、宋の襄、晋の文、楚の荘、呉の闔閭・
夫差(BC495〜473)、越の勾践(BC496〜465)がいる。
越王勾践が、BC473に呉の夫差を破ってから、越は山東半島の西南邪琅に遷都
したが、BC333年頃、楚に滅ぼされた。
河姆渡遺跡が発見されるまで稲作発祥地とされていた雲南省には、高床式の住
居で知られる「百越系」が居た
竪穴式住居は円形と方形があり、
中央に炉を備えている。平地式住居は、全体を浅く掘りくぼめ、中央に炉があ
り、柱を立てている。
 
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