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夜須町と古代弥生開花

 投稿者:児島宮歴研会  投稿日:2007年 4月21日(土)17時28分51秒
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  夜須町と古代弥生開花を上げるとすれば、人物を上げなくてはならない
だろう。
それはどのようにして、探すのか?
日本が開花した時に今に伝えるものとは?日本語しかないだろう。
この日本語が、古代を語りかけるのである。
日本始まっての日本語が、古代を語るとなるのは、福岡県筑前町篠隈の
児島宮にしか、つなぐ糸は、ありません。
伊勢に古代を語りかける糸はまずないでしょう。
天皇家でもない、し皇室にもありません?

それは何を表わそうとしているのか?見つめている何かを?
最近日本人の始まりはイラクメソポタミアにあるとしているが、根拠は
果たしてあるのか?
根拠は糸を引く天孫でなくては、ないはずです。
糸はまたは樹とも称されるもので、樹は天の神々との梯子になっている事
を理解せねばなりません。

樹は言葉の字に宿ります、それから、人間に伝わり、人から人へと、乗り
移っているのです。
ここに日本語の正しい知識が必要なのですが、現代はそれも見えていない。
日本語は一字と一字の結びから、言語が生まれてきます。
そして、言語は語彙になり、文章へと、うつります。
こんにちの、日本の話言葉はビジン語彙がまじり込んでいますので、この
ビジン語彙には神々の魂は宿っていません?


「ビジン語彙には神々の魂は宿っていない」
これはどういう事なのか?
これが日本語独特の、流れを読取る力の知恵になっているのです。
西洋の文字は二字でもってAEエイで音訓しているので、これは
語彙の一字の神々の力はありません。
ビジン語彙には神々の力はありません。

これは生きた文字とはならない事を表わしているのです。
はじめての、経験でむずかしい事かもしれません?
それは日本語は生きた文字という事にもなるのです。

生きた文字というのは?
私たちは陽と陰のある事を知っています、この生きた文字というのは
太陽信仰の神でなくては、陽の生きたとはなりません。
陰は影という意味がこめられていて、菩薩信仰に根源があります。
ここに、陰は生きたとはなりませんね、ですからビジン語彙には神々
の力はありません。

何故児島宮歴研会は夜須町と古代弥生開花としたのか、大方の予想は
ついたと、思いますが?まだ信じきれない人も多数いると思う。
信じると信じないの誤差にも、陽と陰の作用は働いているのです。

信じるとは陽の部分があるから信じえるのです。
信じないのは、陰の作用が働いて、絶対という唯一の重みで沈みます。
上は浮き下は沈むを表わして、目でも経験できます。
世の中は浮き沈みが激しいところでもありますね?


夜須町と古代弥生開花を知るには、一字の安という字が地名の夜須に
表わされていました。
ここに、文字を生み出した人物の名が、これまでの流れを語ってくれる
のです。
それは中国古代の帝王とされる、禹というのは実は神の名前で、これが
現在まで、中国古代に生存していた人物ではないかと、されていました。
これを明らかにしたのは、中国の学会でもありません?
それは日本と同じように、神々との受け渡しの糸が切れているからです。

禹という神が古代の中国のすべてを語っているのは、古代の中国に残した
漢字が、禹が造ったものとされているからです。
ここに、歴史というものが、残されていたのは、中国人民ととっても、
日本人も同じように、貴重な歴史がなければ、中国の土地には何も残ら
なかったでしょう。「私たちは言い伝えと呼んでいます」

このようにして、今日までつながれてきたので、人間は人間でそのまま
居られたのです。
これが明治以降はどんどん失われてしまいました。
それは日本語言葉もこれに入っています。
人間が人間であるためには、ことばが、なくては、人間の価値観は消えて
しまうでしょう。
それくらい、ことばは、大切なものなのです。
言葉が明かす、夜須町と古代弥生開花は中国の歴史と相似しております。
この中国の歴史と相似は古代弥生開花経過をきちんと、整理して、伝記
に、中国では保存されていて、これが皆さんご存知の「魏志倭人伝」です

これを基本にして、後の時代に繋がる史書が引き続き記されて「隋と宋書」
の中に、古代弥生開花が述べられていました。
これはまだ日本の学界も掴んでいないのです?
それは
福岡県筑前町篠隈の児島宮との関係を知らないからです。
古代弥生開花を知るためには福岡県筑前町篠隈の児島宮の存在は、なく
ては
ならないものなのです。

「魏志倭人伝」関係の中に、福岡県筑前町篠隈の児島宮のカギをにぎる
部分が記載されているのです。
これが、中国との関係を明らかにするものなのです。
それは日本の天皇の祖ウガヤフキアエズ尊の仮の名、天子とされている
もので、「魏志倭人伝」は述べております。

夏王朝の後胤会稽の王「南越王」を下して、その行き先は東夷の国として
いるのは、実はこの夜須町の語源である夜須は会稽の都安(やす)を
引き継いでいる、一字なのでした。
ここに相似した証しがあり、古代中国の歴史こそ、夜須王の主の先祖
という事です。
遺物も同様に、夜須一帯から出土していて、古代中国の歴史そっくり
の用具が、文化財の調査により、判明しています。
 
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